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名古屋高等裁判所 昭和37年(う)728号 判決 1963年3月11日

被告人 杉田貞子

主文

本件控訴を棄却する。

理由

事実の誤認および売春防止法の解釈適用の誤を主張する論旨について

所論にかんがみ、記録を精査検討するに、原判示の事実は、原審第一回公判において被告人の自白するところであり、原判決引用のすべての証拠を総合すれば、優に原判示の事実を認定することができる。右の証拠を総合して、より詳細に事実の認定をすれば、次のとおりである。すなわち、岡崎市板屋町は、売春防止法施行前は、いわゆる赤線区域に属していたが、被告人は、同法施行後、同町四三番地所在の建物を占有使用して芸妓置屋大藤寮を経営し、適当な職業がなく困窮している今野光子ほか数名の婦女をそこに居住させ、同女等をして同市内の料理店等において芸妓稼業をさせて来た。しかし、同女等は、いずれも芸妓としての修練を経ておらず、特段の芸を有していなかつた。しかるところ、被告人は、平素しばしば、右の婦女等に対し、「この辺の芸妓は、芸妓としての売り上げだけではやつて行けない。客のいうことを聞かなければ座敷がかかつて来ない。そのつもりでやらなければ駄目ですよ」、「芸者といつても、芸は何もできず、赤線当時と変らんから、赤線当時と同じようなものだ。上手にやつてね」、「酒のお酌をするだけではいけない。お客のいうなりにサービスをすれば、お客はいくらでもついて来るよ」、「お客と遊ぶ時でも、最初からいうことをきかないようにし、二、三回呼んでもらつてから、いうことをきくようにしなければ駄目です」、「客のいうことをきくにしても、二本や三本の線香では安つぽく見られるから、断るようにし、たくさん線香をつけてもらうようにしなければいけない」などと種々申し向け、衛生サツク等を持参させ、そのような方法によつて売春を勧誘奨励援助していた。特に右の婦女が当初客より性交を求められ驚いて逃げ帰つたような場合には、被告人は、「あんた、まだ最初だから仕方がないが、お客さんのいうなりにならねばいかんよ」などと強く申し向けて叱責し、売春方を極力勧誘した。そして右の婦女等は、原判示の期間原判示のとおり、同市内の料理店等において、客に対し、座布団等を使用して売春をし、その対償として、多くの場合をして芸妓の所定の花代(線香代)を数時間分増額して支払わしめ、時には客より現金、衣類等を受領していた。右芸妓の花代のうちの一定額が芸妓置屋経営者たる被告人の収入となつたのであるが、昭和三六年六月頃芸妓置屋制が芸妓下宿制に改められ、その後は、右の芸妓は、被告人に対し一ヵ月につき下宿料一万三〇〇〇円および看板料若干(看板料は、当時は原則として五〇〇〇円。ただし、花代の稼高が少ないときは減額され、甚しく少いときは免除される)を支払つて来た。事実関係は、叙上のおりである。

弁護人は、「被告人は芸妓に売春をさせたことがない」と主張する。しかしながら、売春防止法第一二条にいわゆる「売春をさせる」行為となるためには、必ずしも売春を強要する行為のあることを要せず、売春を勧誘契励または援助する等の売春を促進する行為があれば足りると解するのが相当である。まつたくの自由意思で売春をするのを単に黙認していたにすぎないような場合には、売春をさせたことにならない。本件においては、被告人は前記のように売春を勧誘奨励援助し、売春を促進していたのであるから、売春をさせた場合にあたるといわなければならない。

次に弁護人は、「売春をさせることを業としたとは、売春をさせ、その対償の一部を取得して生活の資としたことをいう」と主張する。しかしながら、右法条にいわゆる「売春をさせることを業とした」とは、売春をさせることが一個の社会的業態となつたことをいう。その際、売春の対償の一部を取得する目的を有しまたは現実にこれを取得したことを要しないと解すべきである(弁護士法第七二条は特に「報酬を得る目的で」と規定しているが、このような場合は、別問題である)。そして前記認定の事実関係によれば、売春をさせることが被告人の一個の社会的業態となつていたとみることができる(しかのみならず、売春をさせることは、客が芸妓を呼ぶ回数、時間等の増大、したがつて花代等の増大となり、被告人の収入の維持または増大に重要な影響のある状態であつたことは疑がない)。被告人は、所論のように婦女に芸妓をさせることを業としていただけではなく、これに売春をさせることをも業としていたものである。

更に弁護人は、「自己の占有、管理または指定する居住場所において売春をさせた場合にのみ管理売春罪が成立する」と主張する。しかしながら、右法条の罪が成立するためには、同条所定の自己の占有、管理または指定する居住場所と売春をさせる場所とが、同一であることを要せず、別異であつてもよいことは、疑問の余地がない。被告人は、その経営する芸妓置屋(または芸妓下宿屋)に芸妓を居住させ、それ以外の場所たる料理店等において売春をさせたのであるけれども、なお、右法条の罪の成立を妨げない。

これを要するに、原判決引用の証拠によれば、原判示の事実を肯認するに十分であり、その事実は売春防止法第一二条の罪にあたるから、原判決に、所論の事実の誤認、同法の解釈適用の誤等はない。弁護人は種々主張するけれども、論旨はすべて理由がない。

量刑の不当を主張する論旨について

原審の取り調べたすべての証拠を調査し、これによつて認めることのできる被告人の性格経歴環境、本件犯罪の動機態様、犯罪後の状況等の諸般の事情を考慮して判断すれば、被告人に前科のない事情等を参しやくしても、原判決の科刑は重きにすぎるものではなく相当であるということができる。論旨は理由がない。

以上のとおりであつて、本件控訴は理由がないから、刑訴法第三九六条により、これを棄却すべく、主文のとおり判決をする。

(裁判官 影山正雄 吉田彰 村上悦雄)

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